認知症ケア技法ユマニチュードとは?介護士が知っておきたいポイントを解説

介護施設で働いていれば、認知症高齢者への対応で苦労したり悩むことは少なくありません。また、現在は平均寿命が長くなり、家族が認知症になることもあるため、介護業界で働く人以外でも認知症について無関係では無くなる可能性があります。

認知症高齢者への対応はベテラン介護士でも苦労することが多く、うまくいかないことがよくあります。そんな中、認知症ケア技法の1つとしてユマニチュードが注目されています。この記事ではユマニチュードについて解説します。

1.ユマニチュードとは

ユマニチュード(Humanitude)とは、認知機能が低下した高齢者や認知症の人への関わり方に有効とされるケア・コミュニケーション技法です。

ユマニチュードはフランス語の造語で「人間らしさを取り戻す」という意味で、1979年にフランスの体育学教師だったイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏の2人が生み出した技法です。

介護士や看護師が患者に対して何でもやってあげてしまうことを問題点とし、「患者が持っている能力を奪わず、患者自身の能力を引き出すことが大切である」と提唱しました。

日本でも2014年頃から普及啓発が始まりました。

2.ユマニチュードの重要性とは?

ユマニチュードを実践することで、認知症の人との関係が良くなり、信頼関係を築くことができるようになると介護士のケアを気持ちよく、そしてスムーズに受け入れられるようになります。そして、認知症の人と介助者のお互いが穏やかな気持ちで過ごすことができ、会話などが増えることで認知症の症状が改善されることがあります。

3.ユマニチュードの哲学、目標

ユマニチュードは「人間とは何か」「介護をする人とは何か」を問う哲学と、そのような問いに基づく実践的な技術から成り立っています。

ユマニチュードの技法の特徴は患者の 「人間らしさ」を尊重し続けることを重視しており、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱から成り立っています。4つの柱については次の章で解説します。

ユマニチュードの目標には「回復を目指す」「機能を維持する」「最期まで寄り添う」の3つの段階があります。重要なポイントは「患者の健康に害を及ぼす可能性があることは行わない」ことで、「患者の健康状態や能力に応じたケアを提供する」ことです。ユマニチュードでは介助者の「危ないから」といった事情で行われてしまう強制的なケアを無くすことを目標にしています。

3.1 回復を目指す

1つ目の目標「回復を目指す」はケアが必要な患者に対して、患者自身の身体的な機能や能力の回復を目指したケアを行うことです。

例えば、食後の歯磨きで、患者のもとに洗面器と歯ブラシ、コップを持っていくようなことはせず、洗面台まで歩き、歯磨きをするように支援します。また、なるべく立ったまま歯磨きができないか、といったアプローチをします。これにより、歩行機能やバランス機能の回復が期待できます。

3.2 機能を維持する

身体の回復が困難である場合は、2つ目の目標「機能を維持する」ためのケアを行います。

例えば、短距離なら歩行が可能な人であれば、可能な距離だけ歩いてもらうようにします。歩行可能なところまで歩いていただくことが、現在持っている身体の機能を維持することに繋がります。

3.3 最期まで寄り添う

最後の目標は身体の回復や維持が困難である場合でも、患者の尊厳を大切にし、可能な限り最後まで穏やかに日々を過ごせるように寄り添うことです。また、この場合も患者本人が持っている能力を奪わないようにケアをすることが大切です。

4.ユマニチュードの4つの柱

ユマニチュードには「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱があり、介助者が患者を大事に想っていることを伝えるための技法で、単体で働きかけるだけではうまく働きません。同時に複数組み合わせて行うことが重要です。

4.1 見る

介助者が患者の世話をする時、上から見下ろしたり、患者の特定の部分を見てしまいがちになります。しかし、患者を診る場合、視線の高さや距離感などによって相手が受ける印象が変わってくるので、コミュニケーションをとる上で「見る」という行為は重要になってきます。

例えば、相手を見下ろすような感じで話し掛けたりすると威圧感を与えてしまうことがあります。また、長時間見つめることは、相手に友情や愛情を示すことになります。

ユマニチュードでは相手にポジティブなメッセージを伝えるためのポイントとして、以下の3つがあります。

  • 相手との目線の高さを合わせることで、対等・平等な存在であることを伝えています
  • 相手を近くから見ることで、親密さや優しさを伝えています
  • 相手を正面から見ることで、正直さを伝えています

このようにすることで相手に親近感や信頼感を与えることができます。

4.2 話す

声の大きさやトーンなどによって相手が受ける印象は変わってきます。介護などの現場では忙しいと「ちょっと待ってください」と少し乱暴な口調で言ってしまうことがあります。こうした言葉は、相手に命令しているように伝わったり、怒っているように伝わり、相手が不快に感じてしまう場合があります。

相手に話しかけるときは

  • 優しく、穏やかに話しかけます
  • 声のトーンは低めで、大きすぎない声で話し掛けます
  • 前向きな言葉で話し掛けます

また、話し掛けても反応が無い場合は「オートフィード(自己)バック法」という技法を使います。これは、介助者が患者をケアする場合、介助者が行っていることを実況するように話し掛けます。

例えば、洗顔をする場合、「これから顔を洗いましょう」「タオルを持ってきました」「顔を拭きましょうか」といったように今からやることを相手に説明します。こうすることで、相手は孤独ではないことを実感できます。

4.3 触れる

相手に触れることも重要なコミュニケーションであり、触れ方によって相手が受ける印象は変わってきます。注意しなければならないことは、相手の手首や腕をつかんだり、ひっかくような行為はしてはいけません。特につかむ行為は、相手の自由を奪い、拘束されているという印象を与えてしまいます。

触れるときのポイントとして以下のことに気を付ける必要があります

  • 手のひら全体で優しくなでるなど、広い面積でやさしく触れます
  • 体をつかんだりしない
  • 背中や肩など敏感でない部分から触れる。顔や手、唇など敏感な部分はいきなり触れない
  • 相手に合わせて胴体をゆっくり動かす

触れ方によって、相手に安心感を与えることがあれば、不快感を与えてしまうことがあります。充分に注意しましょう。

4.4 立つ

日常生活で「立つ」という行為はとても重要なもので、骨粗しょう症や筋力の低下を防ぎ、寝たきりを予防することにも繋がります。また、「立つ」ことで自分自身の存在を示し、尊厳を保持する働きもあります。

ユマニチュードでは、介助が必要な人が1日に20~30分ほど立つ時間を設けることができれば、身体の機能を保つことができると言われています。よって、入浴時や排泄時などに立つ時間を設けると良いでしょう。

5.ユマニチュードの5つのステップ

ユマニチュードでは4つの柱を行うために、5つのステップを実施します。5つのステップには「出会いの準備」、「ケアの準備」、「知覚の連結」、「感情の固定」、「再会の約束」があります。

5.1 出会いの準備

出会いの準備は、相手に対して介助者が訪問したことを知らせ、家や部屋などに入ってよいか、介助者である自分を受け入れてもらえるかどうかを相手に答えてもらいます。戸をノックしたり、声を掛けたりします。

誰かに会うことに対して心の準備がいる人もおられるため、事前に介助者が行くことを知らせることで、相手が落ち着き、スムーズにケアをすることが可能になります。

5.2 ケアの準備

次に介助者は相手に今から何をするのかを説明し、同意を得ます。相手の反応を確認しなかったり、同意を得ずにケアなどを行うと、強制的に何かをされると感じ、恐怖心を抱かせたり、介助者に対して拒否や抵抗、攻撃的な行為をしてしまうことがあります。

3分ぐらい相手に説明をしても、反応や同意が得られない場合は、一度ケアをするのをあきらめ、しばらくしてから出直します。相手の同意を得ないまま強制的にケアを行うと介助者に対して「自分に対して嫌なことをする人」との認識を持たれ、拒否や抵抗、攻撃的な行為につながってしまいます。

5.3 知覚の連結

相手の同意が得られてからケアに移ります。前の章で解説した4つの柱である「見る」、「話す」、「触れる」、「立つ」を2つ以上同時に使いながらケアを行うことが重要です。

「優しく話しかけながら、背中を優しく触れる」といった行為を通し、相手に安心感を与え、「大切に思っている」ということを伝えやすくなります。

5.4 感情の固定

ケアが終了したら相手に対して、ケアに対して良い感情を残すように意識することが重要です。

例えば、「風呂に入られて気持ち良かったですねえ」といったように、ケアをしてもらったことが良かったという感情を残すことが大切です。

認知症の人は出来事は忘れてしまっても、嬉しい思いや嫌な思いなどの感情の記憶は比較的保たれやすいと言われています。よって、どんなことをされたのかは覚えていないが、介助者に対しては「この人は優しい人、いい人」、「この人は不快な思いをさせる人」などということが残ってしまうことがあります。

従って、良い感情を残すと次回のケアを受け入れてくれやすくなります。

5.5 再会の約束

ステップの1から4までが終了したら、最後は「また会いましょう」といった声掛けをするなど、再開の約束をします。相手が覚えていなくても良い感情を与えることができれば、次回も快く受け入れてくれるでしょう。

また、次回の約束をメモに残しておくと再開を楽しみにしてくれる人もおられるでしょう。

6.ユマニチュードの効果と注意点

ユマニチュードは認知症の人だけでなく介助者にも良い影響を及ぼしますが、注意しなければならない点もあります。

6.1 ユマニチュードの効果

介護の現場では認知症の人が感情的になり暴力や暴言、拒否などの周辺症状(BPSD)で介助者が苦労することがあります。しかし、ユマニチュードによって、感情が穏やかになり攻撃的な症状が治まったり、拒否が少なくなる傾向があります。

また、ユマニチュードにより認知症の人と介助者の関係が良くなり、コミュニケーションをする機会が増え、お互いが穏やかな気持ちで過ごすことができるようになります。そして、周辺症状(BPSD)が改善することにより、向精神薬の服用がいらなくなることもあります。

6.2 ユマニチュードの注意点

ユマニチュードを実施する場合は注意しなければならない点があります。時間的な余裕が無ければ実施することは困難になってしまいます。

また、無理をさせないことも重要です。

7.ユマニチュードを学ぶ方法

ユマニチュードを学ぶ方法として以下の方法があります。

7.1 専門書などで勉強する

ユマニチュードを学ぶのにおすすめの書籍を紹介します。

・家族のためのユマニチュード:“その人らしさ”を取り戻す、優しい認知症ケア

著者:イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ、本田 美和子

ユマニチュードの基本的な考え方、家庭内で誰もが実践できる技術を、読みやすい文章とたくさんのイラストによって図解でわかりやすく紹介しています。

・ユマニチュード入門

著者:本田 美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ

ユマニチュードの基本的な考え方、4つの柱、5つのステップなどを分かりやすく解説しています。また、イラストも多く分かりやすくなっています。実際の職場で働きながら活用できます。

・ユマニチュードと看護

著者:本田美和子、伊東美緒

医療現場において、ユマニチュードを取り入れて実践したい人におすすめの本です。ユマニチュードの哲学や技術、教育、実践、管理、エビデンスがこの1冊に凝縮されています。

・ユマニチュードへの道:イヴ・ジネストのユマニチュード集中講義

著者:イヴ・ジネスト、本田 美和子

ユマニチュードのケアの哲学と技術を、看護師、介護士、医師など向けに、“プロフェッショナルとしてのケア”という視点でまとめた一冊です。本書は「これからケア業界で働く人」はもちろん、すでにケアの現場で働いている人にも役立つ内容となります。

・「ユマニチュード」という革命:なぜ、このケアで認知症高齢者と心が通うのか

著者:イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ、監修:本田 美和子

本書は介護・医療の現場、そして認知症高齢者のいる家庭にて、誰もが実践できるケア技法の本質を、技法の開発者本人の体験や、患者さんのエピソードを交えて紹介しています。

7.2 介護施設などで働きながら実践する

書籍を読んだりして勉強するのも良いですが、実際の介護現場で働きながら実践していく方がより勉強になります。ただし、施設自体が人的、時間的な余裕が無い場合はなかなか実施するのが困難な場合があります。

まとめ

ユマニチュードの4つの柱、5つのステップはどれも難しいことはなく、介護の仕事をしていればどれも「当たり前のこと」と感じる人も少なくないと思います。

仕事が忙しく余裕が無いと介護現場でユマニチュードのケア技法を実践するのが難しいことがあります。しかし、ユマニチュードのケア技法により認知症の人の周辺症状が改善し、介助者の関係も良くなるため、最初からあきらめるのではなく、できることから実践してみると良いでしょう。

参考サイト